Masaki Kawada Web

一冊の栞 no.12

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それはきわめて日常的な冬の夜ふけにすぎなかった。ただ、僕らは実に長い間、外国の《羊》だったのだ。僕は泥まみれの小動物のように落ちている僕を見つめながらうなだれていた。《羊》にされた人間たちは、血色の悪くなった唇を噛んで身震いしていた。そして《羊》にされなかった者たちは、上気した頬を指でふれたりしながら《羊》たちを見まもった。みんな黙り込んでいた。《羊たち》は殆どかたまっていた。そして、被害を受けなかった者たちは興奮した顔をむらがらせて僕らを見ていた。そのまま暫く僕らは黙りこんで待っていた。しかし何も おこりはしない。僕らには何もすることがなかった。活気が戻ってきた。彼らは小声でささやきあい、熱をおびた眼で僕らを見つめ、唇を震わせていた。僕は躰をうずめ、彼らの眼からのがれるためにうなだれて眼をつむった。僕の躰の底で、屈辱が石のようにかたまり、ぶつぶつ毒の芽をあたりかまわずふきだし始めていた。「あいつらひどいことをやりますねえ、」感情の高ぶりに熱っぽい声は、被害をうけなかった者たちの意見を代表しているように堂どうとして感情的だった。「人間に対してすることじゃない。」「僕は黙ってみていたことを、はずかしいと思っているんです、」「どこか痛みませんか。」

2004年 / h.15.1 × w.10.9 × d.1.2 cm / 本 鉛筆 / 作家蔵