僕の知る限り、世の中にはさまざまな解釈を受け入れる、多くの入り口を持ち合わせた作品があるのですが、そのような作品は僕たちの戸惑いさえもひとつの解釈として受け入れるようです。 戸惑いからはじまる解釈。 作品に誘われながら何かを探るように、戸惑いの中で作品を解釈していくことも大切なことかもしれません。
『ファン・デ・ナゴヤ美術展2012 "緘黙する景色"』 / 名古屋市民ギャラリー矢田 / コメント / 2012年
↑