Masaki Kawada Web

どこか他人

苦労の末に、やっと作品の完成が見え始めた。今回は随分と時間がかかった。今は充実感に浸りたい。しかし、そうもいかないのが作品というもの。もう一度見てみよう。もしかしたら欠点が見つかるかもしれない。

「どれどれ。」
「ここは・・・・・、これで大丈夫だ。」
「ここもいい。」
「こっちは・・・・・。」
「よし。」

完成間近の作品を壁に立て掛け、アトリエを後にする。
しばらくして、アトリエに戻り作品を見てみると、どうも様子がおかしい。さっきまでの充実感がない。もう一度、作品をくまなく見てみる。やらなければいけないことはわかる。たぶん完成すれば、この作品は今までの中でもいいものになるだろう。それなのに、なんだろうかこの寒々しさは。
嫌な雰囲気がアトリエに漂い始める。
もう一度、作品を眺めてみる。するとさっきまで身近にあったはずの作品がどんどん遠のいていくではないか。

「おいおい、ちょっと待ってくれ。どこへいく。」

不穏な空気がアトリエに充満する。作品はこちらに戻ってくる気配すらない。どこに行こうとしているのかすらわからない。わかるのは、僕から遠のいていることだけだ。
作品はさっきと同じところにある。でも、遠のいている。訳がわからない。頭の中が混乱する。と、突然、ある疑問が頭の中をよぎった。

「いったいこの作品は誰の作品だ。」

僕は、遠のいていく作品を見て、どこか他人の作品に見えてしまったのだ。そこにあるのは確かに僕がつくった作品だ。でも、僕の態度はすでに他人行儀でもある。手を触れることも仰々しくなる。

「何をすればいい?」
「何もしなくてもいい。」
「何かすべきだ!」
「いや、見ているだけでいい。」
「考えろ。」
「目を閉じればいい。」

そんな問答が何度も繰り返して僕の中で起こる。しばらくして、僕はそんな問答に疲れ果てて寝てしまった。
目が覚めて作品を見てみると、またしても何だかおかしい。記憶している作品ではない。誰かが手を加えている。しかも、劇的によくなっている。

「ちょっと待てよ。」

作品をよく見てみる。確かに他人の手が加わっている。しかも、それは僕が考えてきたこととは全く違う視点から、そして、僕の考えを跳ね返すこともなく、受け入れてもいた。
もう一度、作品をよく見てみる。すると、小さく僕のサインが入っているではないか。

「そうなのか!」

どうやら僕は寝ていたのではなく、極度の興奮のうちに作品を完成させていたらしい。

『アートする美術』(かわだ新書001) / 2002年 / pp.57-59