Masaki Kawada Web

街へ出たところで

先日、知り合いの展覧会を見にいった時のことだ。
その展覧会はさまざまなもの(例えば、写真や立体物、展示に使用した道具、廃棄物など)をギャラリー内に配置し、いわゆるインスタレーションといわれる展示形式で展覧会を構成していた。

僕がギャラリーに行ったのは、展覧会の初日、ちょうどオープニングをやっている時だったので、多くの人がその中を右往左往していて、観客すらも展示物の一部と化すような雰囲気ではあったのだが、そんな中、僕は作品を見ながら、隣で会話しているある観客が口にした言葉に、ふと疑問を抱いてしまった。
その人は、この展覧会を見て枠組みがない、フレームレスな展覧会だと言うのだ。込み入った中を横切りながら聞いたので、彼が何に対してフレームがないといったのかは定かではないが、勝手に想像すると、ギャラリー内はいろいろなものが、ただ散乱しているように見えるし、それら置かれているものからは、作家の意図で置かれたとは受け取りにくいから、そのような状況に対してフレームがないと言ったのだろうと思う。だからといって、この展示、展覧会にフレームがないとはどういうことかと思うのだけれども、その人自身も、ギャラリー内に置かれているものやギャラリーの空間自体に対してフレームを設定することができなかったということなのだろう。

確かに、その展覧会では作家が展示をする際に切り取ったであろうフレーム=意図が見えづらく、どこまでもフレームを設定するが回避されているように見えたけれども、注意深く見ていけば、そこには明らかにフレームはあった。それに、僕からすればフレームがないということはあり得ない。 フレームレスとは、まさにフレーム(枠組み、作家の意図等)がないということなのだけれども、しかし、それはフレームを設定できないということではなくて、むしろ、フレームが際限なく設定できることでないこと(レス)に近づいていると僕は考えている。
例えば、窓から眺める風景。

窓から眺めた外の風景は、その窓によって切り取られている。当然、眺める位置が変われば、そこから見える風景もおのずと変わるが、その風景の切り取り方は窓に依存していながらも、限りなく無際限に設定できる。もし、窓というフレームがお気に召さないのであれば、視線を限りなくズームアウトしていけばいい。窓がなくとも僕たちの目そのものがフレームとして機能しているからだ。
フレームレスという言葉を美術作品に適用する場合、まず、その作品、展示に関して作家が想定したフレームがどこにあるか、どこに向けられ語られているのかを慎重に区別しなければならい。美術というフレームなのか、絵画、彫刻等の美術内ジャンルに向けてなのか。それとも、作家が制作した名づけがたいものなのか、ギャラリーという展示空間へのフレームなのか。

例えば、絵画のようにあらかじめ用意されたフレームがあれば、それに当てはめるように作家が想定したフレームは把握しやすい。けれども、今回のようなインスタレーションという、強く空間に依存している展示形式の場合、作家が想定したフレームは見えづらくなる。特に、今回の展示では日常品が散乱しているように置かれていたのだから、僕たち観客にとっては、ギャラリーという空間(フレーム)は見えたとしても、作家の意図(フレーム)は見えづらいものとならざるを得ない。
しかし、その場合においても、その作品や展示が作家の意図を反映したものである以上、僕たちにフレームが見える見えないに関わらず、フレームは必ず存在する。

フレームが見えづらい作品や展示の場合、当然、今、見ているものが作品かどうかの判断はつけづらい。そして、僕たちは目の前にあるものや空間を、判断保留のまま見ていかざるを得ない。しかし、仮にそうであったとしても、目の前にあるものを作品として見なければいけない状況がある。 それは目の前にあるもの、空間が作品として見えづらいものでありながら、美術のフレームで見ることが必要となったとき、僕たちは目の前にあるものを、それがいかに作品と見えなくとも、作品として見ることに着地せざるを得ないという状況である。
一歩、下がってみよう。

僕たちは、目の前にあるもの、空間を見ている。その後ろには、美術と呼ぶことができないもの、空間がある。そこから一歩前へ歩み出たところには、気付く気付かないに関わらず、美術と名づけられた場所がある。そして、僕たちはそこにいる。そこが重要だ。
僕たちは、それが作品であることを前提として、それを見ている。そして、目の前にあるそれが作品として受け取れない場合であっても、それをどこかで作品として見ている。いうなれば、美術として見ることがはじめから用意されているところにいることになる。だからこそ、そこにあるもの、空間は、作家によってフレームを取り払われたかのように佇み、半ば中途半端な状態で宙を浮遊し保留され続けているのだ。

このような状況で重要なことは、美術と名づけられたところで美術と呼ぶことをどこまでも保留していくということであり、そして、その裏返しとして美術を見ていくということである。
絵画という、もう既に美術として認められ、一つのフレームのあるものが目の前にあるとする。しかし、僕たちはそれを見て「これは美術です」と言い切れるのだろうか。美術であることを、絵画であることを、フレームから問いただすとき、そのフレームのもっていた機能は揺らいでしまう。
何が描かれているのかではなく、いかに描かれ、その結果、そこに何が現れたのか、そして、なぜそれがそれであるのか、そう見えるのか、である。

思えば、そんなふうに考えたところで、依然、美術の内でしか語れないでいるこの言葉は、依然として、その外に出ることはないだろうとも思う。
寺山修司ではないけれども、「書を捨てよ、街へ出よう」を改編して、「美術を捨てよ、街へ出よう」と僕は自分自身に語りかけなければいけないのかもしれない。そして、そこから改めて美術と呼ぶことが必要なのかもしれない。
しかし、「街へ出たところで・・・・・」という、どこか諦めがあるのも正直なところだ。

『アートする美術』(かわだ新書001) / 2002年 / pp.12-16