Masaki Kawada Web

まえがき

この本は何と呼べばいいのでしょうか。一般教養としての新書本、あるいは美術の専門書、美術作家の日記、エッセイ、文学•••••。私はこの本のための書き下ろしを美術に関わりながら、また、内容も美術に多くの事を触れながら書きました。そうであるならば、この本は美術の本として読まれるべきものになります。しかし、それは私の本意ではありません。確かに内容は美術について多く書かれていますが、しかし、それは美術の内容に触れているだけにすぎません。本書の目的は別のところにあります。

これまで私は美術作家として作品を発表してきました。そして、機会があれば展覧会会場に、また誌面に自らの文章を掲載してきました。しかし、それら文章は美術作家が思考を深めるための作業、作品解説程度にしか受け取られて来なかったように思います。そこには明らかに美術作家が書く文章への誤解と偏見、諦めがあります。

美術作家の書く文章、そう呼ばれてしまうことは仕方のないことですが、しかし、そこにはまた別の営みがあります。美術作家が書く文章、美術作品とは呼ぶことができない文章、別の表現、言葉。むしろ、それら文章は美術のために書かれたというよりも、遠く離れたところから美術を眺めるための、美術のためだけではない、別の目的を持った文章ということです。

ここに書き下ろされた文章は、美術に寄り添いながらも、美術以外へ向けて、ただ言葉としてあります。そして、そのような文章で構成された本書は、著者である私によって名づけられ、ここにあります。
しかし、本書はそのように名づけられながらも、無名のまま読者に届けられてもいます。なぜなら、本書をどう名づけるのかは著者の義務であり、同時に、本書を読む、読者の自由でもあるのですから。

2002年3月20日
著者

『アートする美術』(かわだ新書001) / 2002年 / pp.ⅰ-ⅱ